明日は我が身

新宿から終電間際の山手線に乗ったら、人が倒れていた。

着古したジャンバーに、汚れの目立つチノパン。
ゴム底のすり減ったスニーカー。
チャックの壊れたリュック。不揃いな髪。
電車の床に顔を伏せているので顔色は分からない。

“薄汚れたオジサン”


ちょっと込み合ってる車内で、“普通の人達”は、
オジサンから50cmほど間をあけて立っている。
時々、オジサンの膝辺りを遠慮がちに跨いで行く人もいる。
私も遠慮がちにオジサンから1mほど離れた座席に座った。

近くの女子高生風の女の子二人は、オジサンが気になるらしい。
「酔っぱらいかな?」
「帰る家とか無さそうだしね〜(笑)淋しーよね〜」
「でも、ぜんぜん動かなくない?」
「起こした方が良いよね?キモイけど」
「キモイよね〜(笑)でも、これから人が沢山乗って来るでしょ」
「だよね〜。迷惑だし。だいたい生きてるの?」
女の子の一人が、右手指先3本で肩を揺らす。
・・・無反応。
「起きて下さい」と声をかける。
・・・無反応。

そばに立っていた女性が苦笑いをして様子をみている。
その綺麗なスーツを着た大手企業美人秘書風女性が見かねて女の子に声をかけた。
「ムリよ。起きないよ。」
女の子二人は諦めて、目白駅で降りて行った。

同じ駅で乗車してきた二十歳前後のOL風女性二人は、
遠慮がちにオジサンを覗き見てヒソヒソ話をしている。
その時、誰も座らなかったうつ伏せのオジサン左手10cmの席に
二十半ばの男性がすわる。
趣味の良いセーターにファー付きのジャンバーを着た、女性にモテそうな男性。
あまりオジサンに興味が無さそうだ。

「あ、いた!いたじゃん!!」
「あんな所に居たら見えないよ〜。」
池袋を出た所で、OL風女性二人の声が大きくなって、私にも聞こえるようになった。
池袋駅のホームに駅員がいないか探していたようだ。
その後も駅員に声をかける事は出来ず、駒込駅で降りて行った。
小走りにホームを降りて行ったので、改札の駅員に報告したのだろう。

そして、オジサンを気にする人はいなくなった。

オジサンは、ピクリとも動かない。

何事も無く到着と出発を繰り返している。


仕方なく私は、オジサンから1mの座席を手放して、先頭車両に移動した。
自分の降りる駅で、ホームからさっきまで乗っていた電車の運転手に声をかけた。
20代後半、賢そうな顔をしている以外印象の薄い男性運転手。
とても丁寧に「ありがとうございます。その人は酔っていました?」
私は、男性が倒れているという事、その人は薄汚れているという事、倒れている場所、それしか情報を持っていない。

私に丁寧に落ち着いてお礼を良いつつ、運転手は出発の合図を受け取った。